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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

「彼のそばめだと思うか」

――それがはっきり致しません。

「はっきりしないとは」

――あの女は日本橋石町の、雁屋信助という海産物問屋の妹で、八年ほどまえから、湯島に家をもち、あの方がそこへかよっておられるのです。

「雁屋の娘か」

――御存じでございますか。

「雁屋は石巻から出た筈だ」

――いまの信助は二代めでございます。

「雁屋は石巻から出て、石巻にも店を張っている筈だ」

――石巻の店は弟の政吉がやっているということです。

「そうか雁屋の娘か」

「いや待て、それでは雁屋の年間あきない高をしらべておけ」

――いそぎましょうか。

「気づかれてはならんぞ」

――すぐ手配を致します。

「くみという女はそばめではないと思うか」

――まだ契りはない、と女が自分で申しております。

「女が自分でか」

――八年にもなるのにと、うらみ言を申しておりました。

「真実そのようか」

――湯島の家へはあの方の知友もしばしばゆかれますが、みんなそれを知っており、それを不審に思っているようでございます。

「あの男らしいやりかただ」

――それに、湯島の家は雁屋で買い、数寄屋の増築や、庭の造り変えなど、ずいぶん金をつぎこんだうえ、四人の召使をいれた家計も、ずっと雁屋でまかなっているようです。