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ししゃのしょ
死者の書
折口 信夫
「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页
片破れ月が、上って来た。其が却て、あるいている道の辺の凄さを照し出した。其でも、星明りで辿って居るよりは、よるべを覚えて、足が先へ先へと出た。月が中天へ来ぬ前に、もう東の空が、ひいわり白んで来た。
夜のほのぼの明けに、姫は、目を疑うばかりの現実に行きあった。――横佩家の侍女たちは何時も、夜の起きぬけに、一番最初に目撃した物事で、日のよしあしを、占って居るようだった。そう言う女どものふるまいに、特別に気は牽かれなかった郎女だけれど、よく其人々が、「今朝の朝目がよかったから」「何と言う情ない朝目でしょう」などと、そわそわと興奮したり、むやみに塞ぎこんだりして居るのを、見聞きしていた。
郎女は、生れてはじめて、「朝目よく」と謂った語を、内容深く感じたのである。目の前に赤々と、丹塗りに照り輝いて、朝日を反射して居るのは、寺の大門ではないか。そうして、門から、更に中門が見とおされて、此もおなじ丹塗りに、きらめいて居る。
山裾の勾配に建てられた堂・塔・伽藍は、更に奥深く、朱に、青に、金色に、光りの棚雲を、幾重にもつみ重ねて見えた。朝目のすがしさは、其ばかりではなかった。