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ししゃのしょ
死者の書
折口 信夫
「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页
こう こう こう。
先刻から、聞えて居たのかも知れぬ。あまり寂けさに馴れた耳は、新な声を聞きつけよう、としなかったのであろう。だから、今珍しく響いて来た感じもないのだ。
こう こう こう――こう こう こう。
確かに人声である。鳥の夜声とは、はっきりかわった韻を曳いて来る。声は、暫らく止んだ。静寂は以前に増し、冴え返って張りきっている。この山の峰つづきに見えるのは、南に幾重ともなく重った、葛城の峰々である。伏越・櫛羅・小巨勢と段々高まって、果ては空の中につき入りそうに、二上山と、この塚にのしかかるほど、真黒に立ちつづいている。
当麻路をこちらへ降って来るらしい影が、見え出した。二つ三つ五つ……八つ九つ。九人の姿である。急な降りを一気に、この河内路へ馳けおりて来る。
九人と言うよりは、九柱の神であった。白い著物・白い鬘、手は、足は、すべて旅の装束である。頭より上に出た杖をついて――。この坦に来て、森の前に立った。
こう こう こう。
誰の口からともなく、一時に出た叫びである。山々のこだまは、驚いて一様に、忙しく声を合せた。だが、山は、忽一時の騒擾から、元の緘黙に戻ってしまった。