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あぶらじごく
油地獄
斎藤 緑雨
「国会新聞」1891(明治24)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,624 字 · 69 页
のだ。何であれを聞ちがえたか、馬鹿ッ馬鹿ッとまたみずから叱って衣服を着更え、二階を下りて手水に行けば、手を洗う背後に小歌が立って居るようで、「あら儂のではお厭なの」、とどこからとなく耳に入るので、ぐるりと貞之進が体を廻すと、その小歌かと思ったのもまたぐるりと廻った。
枕に就きは就いたが眠られない、眠られないとゝもに忘れられない、仰向いて見る天井に小歌が嫣然笑って居るので、これではならぬと右へ寝返れば障子にも小歌、左へ寝返れば紙門にも小歌、鴨居にも敷居にも壁にも畳にも水車の裾模様が附いて居るので、貞之進は瞼を堅く閉じて、寝附こう寝附こうとあせるほどなお小歌が見える。これがあるからと洋燈を吹消たが、それでも暗闇の中に小歌の姿が現われて、「あら儂のではお厭なの」、の声がする。術策尽きて夜着を頭からスッポリ被ったがやっぱりいけない、起きて居た時よりは一層激しく肚裡に跳る者があって、或いは急に或いは緩に、遠慮なく駆け廻る。その内目はいよ/\さえて来て、ふと小歌の年齢に考え及ぼし、いつの間にか自分と夫婦になって、痴話もする苦説もする小鍋立もする