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あぶらじごく
油地獄
斎藤 緑雨
「国会新聞」1891(明治24)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,624 字 · 69 页
時皿の物が来て、膳の体裁はやゝ整ったが、飲ず食ずですじかいに障子へ凭れかゝって居るので、婢はしきりに話懸けて自分から笑って見せたが、一向返しの詞がないのに倦ぐね、誰か呼びにお遣り遊ばすのと云うを、貞之進は望む所と障子を離れたが、また早速に答が出ずに居ると、婢は自分の肩を軽くしたさに、誰か呼んでお遣んなさいとさらに勧直したので、貞之進はわずかに耳に通ずるぐらいの声で、小歌をと思切って言うか言ぬに、はいと婢は畏まって楼下へ降行き、小歌さんをと高く呼んで、そして低声に気のつまる方と朋輩に囁いて居た。
しばらくして婢が来て、小歌さんは大中へ出て居るそうですが、貰いに遣て見ましょうかと云う、貞之進は貰うのが何か訳分らずに首肯いて居ると、名ざしの事なり貰えと云うからは、お馴染のことゝ婢は呑込んで、すぐに向河岸へ箱丁を走らせた。やがて淀文の表へ車が停って難有うと云た声が、「あら儂のではお厭なの」、まぎれもない小歌の声で、それを聞くと貞之進は一際激しい動気がして、居ずまいを改め片腕組んで、烟草を新しく吸つけて居た。小歌は羽織を帳場で脱ぎ、あの方と云えばいゝえと云うに、おやそうと急にすゝまぬ