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あぶらじごく

油地獄

斎藤 緑雨

「国会新聞」1891(明治24)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,624 字 · 69 页

青空文庫

八

ようで、羽織の襟をそっとひっぱって居たもおかしかった。

八

貞之進より少し遅れて隣の広間へ来た三人連の客は、淀文がお馴染の騒ぎ好と見え、膳の出ない先から賑かであったが、芸妓も客数ほど来て、饒舌るわ/\春の潮の湧くが如く、拳を打ったり歌を唄ったり、ふたりで蚊帳の紐を釣ったとか云て足拍子のしたのは、若い妓が起って踊ったので、関のこっちだと思ったら音羽山だと云て膝を叩いたのは、年嵩な客が何彼につけて出る謡だ。首で返詞すると極った貞之進は、隣座敷の人々が臆面のないのに感じ、自分の気の弱いことが自分ながら疎まれ、せめて談話の一つなりとも顫えずに出来そうなものと、あのと肚を出た詞も口元で消てしまい、夢にまで見た小歌に出会って、欠半分の愛想も出ずに、折々偸むようにその横顔をながめ、小歌が莞爾と笑った時だけ、不知不識の間に自分も莞爾と笑い連れて、あとはただ腕組するばかりのことだから、年の行かぬ小歌には堪たえ兼て接穂なく、服粧には適応わず行過た鬼更紗の紙入を、要もないに明て見て何か探す容子、箱丁がそっと入れて行った三味線は、棹を継れたまゝ座敷境の紙門の下へ片寄られ、客も芸妓も居るか居ないか疑われるほどの静かさであった。