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たきぐち

滝口

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页

青空文庫

一

一

益村安宅が釣りをしていると、畠中辰樹が来て「釣れたか」と云った。益村は振り向きもしなかったが、声を聞いて畠中だということはわかった。益村は返辞をせず、畠中はその脇に腰をおろした。七月のよく晴れたひるさがりだが、うしろの崖に樹の茂みがあり、二人のいるところは日蔭になっているうえ、川から吹いて来る風があるので、少しも暑さは感じられなかった。

「なにか用でもあるのか」と益村がきいた。

「べつに」と畠中が答えた、「たぶんここだろうと思ったんでね」

益村はゆっくりと頭をめぐらせて畠中の顔を見た。それからまた釣竿の先へ眼を戻した。畠中は話があって来たのだ。城下から一里半ちかくもあるこんな山の中へ、用もなしにやって来るわけがない。そして、その話の内容も益村には察しがついた。料亭「衣笠」のおりうとの噂が耳にはいり、その意見をしに来たのだろう、そう思ったけれども、益村はなにも云わなかった。

「少しは釣れたのか」と畠中がきいた。

益村は脇に置いてある、乾いたままの魚籠を指さし、頭を左右に振った。

「それでも面白いのかい」

「この川は十洲川ともいうんだ」と益村は眼の前の流れをみつめながら云った、「――正確に数えると洲は十三ある、ここから三十町ほど上で始まって、川下の滝のところまでにな、――水はその洲の一つ一つにぶつかって分れ、また