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たきぐち
滝口
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页
「あなたがいらっしゃってるって聞いたもんだから、おぶにはいってたのをとびだして来たの、こんな恰好でごめんなさい」おりうは媚びた眼つきで微笑し、膳の脇に坐った、「――おわきさんが出てたんですってね、あのしとあたしに知らせてくれなかったのよ、ひどいしと」
そして酌をしながら、すぐに着替えて来るから待っていてくれと云った。益村はそのままでいいだろうと云った。
「そのままのほうが涼しくっていいよ」
「でもこんな恰好では」おりうは浴衣の両袖をひろげてみせた、「まあさまはいいって仰しゃっても、よそのお座敷へは出られやしませんわ」
「なるほどね」と云って益村は頷いた、「そこには気がつかなかった」
「でもね」と云っておりうはすり寄り、益村の膝を手で押えた、「あなたがお帳場へひとこと、あたしをここに置くって仰しゃって下されば、よその座敷へゆかなくってもいいのよ」
「まさかね」益村は酒を啜って云った、「――いいから着替えておいで」
「薄情な方、あたしがいてはいけないんですか」
「ごらんよあのさるすべり」益村は盃を持った手で庭のほうをさし示した、「酒のみはああいう花を肴に飲むほうが風流だというじゃないか」