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たきぐち

滝口

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页

青空文庫

けれども不可能なはなしではなく、便法はいろいろあったし、彼はさえと将来を約束するときに、その幾つかの例の方法を語って聞かせた。――さえは頷いただけで、なんの疑いも心配もしないようであった。もともと口数が少なく、ときたま閃くような、強い光をみせるきれいな眼と、浅黒くひき緊った顔に、すばやくあらわれては消える一種の表情とで、その心の動きがうかがえるというふうであった。安宅が噂の真偽を問い糺したときも、眼にきつい光を走らせただけで、噂の否定もしなかったし、ひとことの弁明もしなかった。

――さえが尼になったのは、あのときの傷心のためだろうか。

益村はそう思いながら、背後の暗がりに人のけはいを感じた。彼は小提灯を持っている、「衣笠」を出るときに借りたもので、白地に小さく笠の紋がちらしてあった。――幅十尺ばかりの掘割があって、そこを渡ると武家屋敷になる。仁斎橋という橋を渡りかかったとき、うしろで人のけはいがした。それから三つめの辻まで来たいま、そのけはいははっきり人の足音となり、急にまをちぢめて来た。

「益村さんですね」とうしろから呼びかける声がした、「ちょっと待ってくれませんか」