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たきぐち

滝口

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页

青空文庫

安宅は立停って、ゆっくり振り返った。追いついて来た男を、すぐにこっちの提灯の光がとらえた。背丈は益村と同じくらい、としも三十を出ているようにみえる。色白で眼つきに険はあるが、すっきりとしたなかなかの美男子で、着ながしに両刀を差していた。

「私は芳村伊織という者です」

益村は相手の顔を見たまま、黙って次の言葉を待った。芳村はどう云おうかと迷ったようすで、けれどもすぐに続けた。

「私のことは聞いていらっしゃると思いますが」

益村は静かに首を振った、「知りませんね」

「本当に知らないんですか」

益村は頷いた。芳村の険のある眼がすっと細くなった。

「じゃあ云いますが」と芳村が云った、「衣笠のおりうという女中は私の女です、あなたが御執心でかよっているという評判だが、どうかおりうには近よらないで下さい」

「どういうわけで」

「あの女にはわるい癖がある、男をひきつけ、手だまにとり、夢中にさせておいて棄てる、その手にかかって身をほろぼした男が幾人いるかわからないんです」

益村はあるかなきかに微笑した、「――つまり、私をそういうめにあわせたくない、というわけか」

「そう思ってもらっても結構です」