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たきぐち

滝口

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页

青空文庫

「あの男は弓をやるだろう」

「家中では五人のうちに数えられているそうです、しかしどこから見ておられたんですか」

「これで助かった」和尚は布施の金を掌でもてあそびながら、へらへらとそら笑いをした、「――これだけあれば塀が直せるだろう、このあいだの風でな、南側の塀が二十間も倒れおって」

益村安宅はいとまを告げた。徹心和尚は必要なときにいつでもつんぼになれる、自分の云いたいことだけは云うし、聞く必要のあることは聞くけれども、それ以外のことには決して耳をかさない。突然つんぼになり、どんなに大きな声を出しても、平気でしらをきりとおすのであった。

境内をぬけて石段にかかったとき、下から登って来るさえと会った。黒の法衣に白の頭巾をかぶってい、片手に白い山茶花を入れた閼伽桶を持っていた。僧形の彼女とじかに会うのは初めてであるが、岡野さえだということはすぐにわかった。

「暫くですね」と安宅が呼びかけた、ごく自然に声が出たので彼は自分でも意外だった、「お達者ですか」

「はい」さえは眼を伏せた、「――あなたも御壮健で」

言葉はそこで切れた。言葉をしまいまで云わないようなことは、昔はなかった。