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たきぐち

滝口

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页

青空文庫

いつでも語尾をはっきり云う少女だったが、と安宅は思った。

「今日はどうしてこちらへ」と安宅がきいた、「ああ、清法院はすぐ隣りでしたね」

さえは静かに顔をあげて安宅を見た。もとから浅黒い膚だったが、陽にやけたのだろうか、その小さな細い顔は小麦色につやつやとして、意志の強そうな眼や、ひき緊った口許はあのころの俤をそのまま残していた。杉の香が森のほうから爽やかに匂い、陽がかげった。すると頭巾をかぶったさえの顔が、青白むようにみえた。

「初めて山茶花が咲きましたので」と云いながらさえはまた眼を伏せた、「――御命日でもあり、お墓へ供えようと思いまして」

では亡き妻の墓参をしてくれようというのか、そう思って安宅は心が痛むのを感じた。心に痛みは感じたけれども、ふしぎに気持は軽くなった。――自分の誤解がもとで二人は別れ、そのあとお梶と結婚した。本来ならさえにとってお梶は恋がたきである、たとえお梶が亡き人になったとしても、女の気持としてはたやすくゆるせるものではないだろう。それをいまさえは墓参をし、供養しようとしている。安宅は気持の軽くなったのに気づくとともに、それまでさえのことが、そんなにも胸につかえていたのかと思って、われながらおどろいた。