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たきぐち
滝口
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页
「そこへ畠中辰樹がやって来ましてね」彼は喉で笑った、「餌のない鉤で釣ってるんだってと眼を剥きましたっけ、そのうえ浮子が動くたびに魚がくってるんじゃないかと思って、気持がおちつかないからどうにかしろって注文をつける始末でした」
「それでおよそのことがわかったわ」となつは云った、「つまりいまのところ安宅さんは、餌を付けない釣鉤というわけね」
「餌箱がからっぽだったんです」
「魚をよせつけたくないんでしょ」
「あなたはさきくぐりをなさりすぎる」と云って彼は微笑した、「私は釣りの話をしたまでですよ」
「もうひとつうかがうけれど」なつは彼の眼をじっとみつめ、声をひそめてきいた、「――衣笠に馴染の人がいるっていうのは、本当なんですか」
安宅はちょっと当惑したようすで、眩しそうに眼を細めたが、すぐにそっと頷いた。
「そう、本当だったの、そう」なつの顔に心外そうな表情があらわれ、そこでさらに声をひそめた、「でもまさか、――その人を家へ入れようというつもりじゃあないでしょうね」
「そのときは御相談にあがります」
なつは口をあいた。もしもそうなったらの話ですと云って、安宅は彼女の詰問をそらすように頬笑み、立ちあがってその部屋から出た。