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たきぐち

滝口

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页

青空文庫

――そのときは相談に来ると云ったのは、かねてから考えていたのではなく、ふと思いついて口から出たものであった。なつの実家である藤井家は代々の年寄役であり、当代の主殿は筆頭の席にいるし、長女のはまは側用人の郷田靱負に嫁している。なつは三女で、母の乳がたりなかったのと、生来ひよわなたちだったので、城下の柴八という商家へ里子に出され、十二までそこで育てられた。ことばづかいや立ち居が、武家ふうとは違ってさばけているのも、町家で育ったためであろうし、気性もさっぱりとして開放的であった。こういう親族関係と彼女の人となりが、そうだこのなつなら相談にのってくれるだろう、と彼の頭にひらめいたのであった。

元の座敷へは戻らず、益村は若い家士に断わって、そのまま自宅へ帰り、独りで更けるまで酒を飲んだ。本当におりうを妻にする気なのか、と彼は自分にきいてみた。幾十たびとなくきいてみた。留守役という特殊な役目では、その妻の役割も一般とは大きい差があり、おりうならその役に耐える、ということは初めからみぬいていた。にもかかわらず、なつと話してから逆に、自分の気持が動揺するのを感じたのだ。