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たきぐち

滝口

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页

青空文庫

男は四十がらみの町人で、黒の紋服に袴、白足袋をはいていた。雨戸を閉めた家の中からは、酒宴でもしているらしく、賑やかに笑ったり話したりする声が聞えて来た。

――なにか祝いごとでもあるのだろう、と安宅は思った。この男は酒くせが悪いので放りだされたんだな。

いずれ知人の集まりだろうのに、こんなめにあわされるのはよっぽど悪い酒に相違ない。それにしても紋服袴という姿で、雪と泥の上に坐りこみ、わけのわからないことを喚きたてているようすは、気の毒というよりもむしろ滑稽であり、愛嬌があるという感じで可笑しかった。

「面白いですか」と安宅のすぐうしろで声がした、「それともあなたの知り人ですか」

振り向いてみると芳村伊織だった。羽折もなしの素袷、素足に雪駄ばきで、ふところ手をしてこっちを見ていた。跟けて来たなと思いながら、安宅は黙ってあるきだした。

「あなたに話がある」と云いながら芳村はついて来た、「そこまで来てくれませんか」

「あるきながら聞こう」と彼は云った。

「いい場所があるんですよ、このすぐ向う裏ですがね」そう云いながら、芳村はすばやく安宅の前へまわった、「てまはとらせません、ついそこだからつきあって下さい」