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たきぐち
滝口
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页
芳村は竹の皮包みをみせて、肴はあるからその必要はないと答えた。――酒を買うときに、芳村は味噌もいっしょに買い、これで飲もうと云った。鎌倉のむかし北条時頼が、夜半に僧兼好のところへ迎えをやり、二人で語り明かそうというので酒の支度をし、肴がなにもないために、味噌を舐め舐め飲んだという。なにかの本で読んだうろ覚えであるが、時の執権が味噌で酒を飲み、語り明かしたというのは、すがすがしい話ではないか、と芳村は笑いながら云ったものだ。――それは違う、執権時頼に呼ばれたのは平の宣時で、兼好はその話を宣時から聞いて「徒然草」に書いたのだ。安宅はそう思ったけれども、兼好という法師はひねくれ者だから、平の朝臣の昔がたりだなどといって、じつは自分のことだったかもしれないと思い、この話では執権と法師のほうが似つかわしいな。そう考えてなにも云わなかった。
最明寺入道は驕らない人だったらしい、台所をくまなく捜しても、小皿に味噌しかなかったというのだから、御殿も質素なものだったに相違ない。芳村伊織の住居は裏長屋の一軒で、むろん比較にならない貧しさであるが、六帖一と間の部屋の中は清潔に片づいていて、居心地がよかった。