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たきぐち
滝口
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页
た口ぶりでした」
風のぐあいだろうか、長屋のうしろのほうで聞える川波の音が、まえより少し高くなったように思えた。おりうはそのことは云わなかった。さむざむと肌にしみるような川波の音を聞きながら、安宅はそう思いだした。芳村を殺そうと思ったが、刃の光を見て恐ろしくなったとは云った。けれども心中しようと云い迫った、などとは話さなかった。待てよ、そこになにかあるぞ。この芳村は言葉を飾るような男ではない、またこの場合そんな必要は少しもないだろう。とすれば、おりうが心中を迫ったというのは事実だと信じていい。ではどうしておりうは二人で死ぬ気になったのか、――そこだな、そうだと安宅は考えた。稲毛という麹町のその料理屋で芳村と出会ってから、おりうは自分の躯の中で初めて、女らしい感情がめざめたようだと云った。こうしてひところは芳村の顔を見るだけで、からだの奥になまなましい変化がおこる、とさえも云っていた。それがいつからか嫌いになり、芳村と聞くとうんざりしたという。どこかで糸が切れたのだ。二人をつないでいた糸が、どこかで、なにかの理由で切れたのだ。なにかの理由で、と安宅は考えていた。