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たきぐち

滝口

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页

青空文庫

と云って安宅はきまじめに頷いてみせた、「係の者にそう云っておこう、――じいさんの名はなんていうんだ」

「そののれんにあるとおりです」

安宅は振り向いて見た。紺木綿ののれんに白く「弥六」と染め抜いてあった。そしてまた老人のほうへ向き直った彼は、この土地の者かときいた。弥六は燗のついた徳利と、細長い湯呑をつけ台の上へ置きながら、そうだと答えた。酒はまさに熱燗だった。安宅は湯呑に注いで啜りながら、熱い酒の香にむせて咳こんだ。

「熱すぎましたかな」と老人は云った。やはり人をこばかにした顔つきで、唇のあたりに嘲るような微笑をうかべていた。

「燗にはやかましいらしいな」と安宅は穏やかに笑い返した、「勘弁してくれ、知らなかったんだ」

「酒は燗のぐあいで生きもし死にもします、むろん御存じでしょうがね」老人は次の徳利を銅壺へ入れながら、ぶあいそに云った、「私ああつ燗で飲むような酒は、昔っから置いたこたあねえんですよ」

「おそれいった」安宅はにこっと笑った、こんどはあいそよく眼を細めて、「なにしろこっちは、酒にはしろうとなんでね」

そして急に、安宅の顔がひき緊った。どういう連想作用かわからないが、弥六というその老人との短い問答のあいだに、おりうの本心をどうしたら突き止められるか、ということを思いついたのである。