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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
02 中巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页
十
しかし妙子は、何と云っても水と格闘した時に体に無理をしたと見えて、その明くる日あたりから方々の節々が痛く、殊に右の腋の下が疼いて、肋膜にでもなるのではないかと云う不安を感じたが、好い塩梅にそれも数日間で直ってしまった。ただ、あれから二三日目にちょっとした夕立があった時、彼女はざあざあと云う雨の音を聞くと慄然とした。雨が恐いなどと云うことは全く生れて始めての経験であったが、矢張あの時の恐怖症が心の何処かに潜在的に残っていたものらしく、その数日後、夜半に雨が降り出した時にも、又水が来るのではないかと思って、彼女は一と晩じゅう眠れなかった。
十
阪神間の人々は翌日の新聞に依って始めて惨害の全貌を知り、再び驚きを新たにした。蘆屋の幸子の家にもそれから四五日の間は、毎日のように視察と見舞とを兼ねた訪問客が絶えないので、その応接に忙しい思いをさせられたが、日を逐うて電話や電燈や瓦斯水道等の諸機関が旧に復するに従い、物騒がしさも静まって行った。尤も、至る所に堆積している土砂の取り片附けだけは、事変のために人手や貨物自動車が不足している折柄で、早急には運びようがなく、炎天の往来を行く人々が皆真っ白に埃を浴びている光景は、往年の大震災後の東京の街が再現したようであった。