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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

02 中巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页

青空文庫

二

「何の用で」

貞之助は土間に立ったまま、妻が手短かに耳元で囁くのを聞き取ってしまうと、

「それやったら、僕は会う必要ないやないか」

「あたしかてそない思いますねん」

「何とか云うて帰って貰いなさい」

でも奥畑はそれからまだ三十分もぐずぐずしていて、とうとう貞之助が出て来る様子がないと見ると、やっと慇懃な挨拶をして立ち上ったが、

「何のおあいそものうて、えらい失礼いたしまして、―――」

と、幸子はそう云って送り出しただけで、夫が会わなかったことについては、わざと言訳をしないでしまった。

二

奥畑の話が本当とすれば腑に落ちかねることなのであるが、妙子は近頃も矢張仕事が忙しいと云っていて、朝は大概貞之助や悦子と前後して出かけ、戻りはいつも一番おそく、三日に一度は外で夕飯を済まして帰宅するという風であった。で、幸子はその晩は話をする折がなかったので、翌朝夫と悦子とが出かけた後から、妙子がつづいて出て行こうとするのを、

「ちょっと」

と止めて、

「こいさんに聞きたいことがあるねん」

と、応接間へ連れて行って話した。

妙子は自分のことについて奥畑が姉に告げたこと、―――人形の製作を洋裁に乗り換えようと欲していること、そのために短期間でも仏蘭西へ修業に行きたいと思っていること、等々を否定しようとはしなかった。