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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
02 中巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页
「アウフ、ウィーダアゼーエン云うたんか」
「ふん、東京駅で別れる時に何遍も云うたわ」
「シュトルツさんも英語で頻りに礼言うてはったけど、………」
幸子は、平素から言葉数の少い、引っ込み思案の雪子が、友禅模様の羅衣を着、洋装の悦子の手を引いて、外国人の紳士と少年とを案内しながら、帝国ホテルのロビーだの、丸の内の官衙街だのビルディング街だのに現れた光景を想像すると、いかにそれが不思議な組み合せであったろうかと思えるのであった。そして、子供のお附合いに喰っ着いて来たシュトルツ氏が、言葉の通じない不自由さを忍び、絶えず気にして腕時計を見ながら、黙々として引っ張り廻されていたであろう恰好が、どんなに間の抜けた、当人にして見ればどんなに迷惑なものであったか、凡そ推量出来るのであった。
「お母ちゃん、あの絵画館見たことあるのん」
と、車が外苑前にさしかかった時、悦子が云った。
「あるよ、お母ちゃんは。―――お上りさん扱いせんときなさい」
だが、そう云う幸子も、そんなに東京をよく知っている訳ではなかった。ずうっと昔、十七八の娘時代に父に連れられて上京し、築地采女町の旅館に暫く泊っていたことが一二回あって、その時分には随分方々を見て歩いたものだけれども、それは大正十二年の大震災の前のことで、復興後の帝都へは、箱根へ新婚旅行に来た帰りに