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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

02 中巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页

青空文庫

「娘さん、どうぞ早うお上り下さい」

と、親爺が例の癖を出して、まだ手を着けずに眼の前の鮨を見守っている雪子に云った。

「雪姉ちゃん、何してるのん」

「この蝦、まだ動いてるねんもん。………」

雪子は此処へ食べに来ると、外のお客達と同じ速力で食べなければならないのが辛かった。それに、切り身にしてまで蝦の肉が生きてぶるぶる顫えているのを自慢にする所謂「おどり鮨」なるものが、鯛にも負けないくらい好きなのではあるが、動いている間は気味が悪いので、動かなくなるのを見届けてから食べるのであった。

「その動いてるのんが値打やがな」

「早よ食べなさい、食べたかて化けて出えへんが」

「車海老のお化けなんか、出たかて恐いことあれしまへんで」

と、株屋の旦那が半畳を入れた。

「車海老やったら恐いことないけど、食用蛙は恐かったわなあ、雪子ちゃん」

「へえ、そんなことがあったんか」

「ふん、あんさん知りなされへんけど、いつか渋谷に泊ってた時に、兄さんがあたしと雪子ちゃんを道玄坂の焼鳥屋へ誘うてくれはりましてん。そしたら、焼鳥のうちはよろしゅおましたけど、しまいに食用蛙を殺して焼くねんわ。その時蛙がぎゃッと云うたんで、二人とも青うなってしもて、雪子ちゃんはその晩とうとうその声が夜じゅう耳について、………」