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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
02 中巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页
ただ玄関を出ようとする時、一杯涙を溜めた眼をじーッと此方に注ぎながら一瞬間しっかりと抱き着いたのを覚えているだけである。彼は和服を一番悪い洋服に着換えて護謨の長靴を穿き、レインコートに防水帽を被って出かけたが、半丁ほど行って振り返ると、後からお春が尾いて来るのに心づいた。彼女は先刻アッパッパのようなワンピースを泥だらけにして濡れ鼠で帰って来たのであるが、今度は浴衣に襷を掛け、臀端折をして紅い腰巻を出していた。何や、お前は附いて来んかてええ、帰んなさいと怒鳴ると、はい、其処まで行かして戴きますと云いながら追って来て、旦那さん、其方へいらしったらあきません、此方の方がよろしゅうございますと、東へ行かずに、南へ真っ直ぐに下って行くので、貞之助もそれに従って国道まで出た。そしてなるべく南の方へと迂回して、阪神電車の線路の北一二丁程のところまでは、大して水に漬からずに来ることに成功したが、小学校へ達するのには、その辺でどうしても東へ横切らなければならなかった。が、幸いその辺は水が浅くて長靴とすれすれぐらいの深さしかなく、阪神の線路を越えて旧国道の手前まで来ると、意外にも一層浅くなっていた。