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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
02 中巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页
九
九
板倉が上に述べたような救助作業をしていた時間は、ちょうど貞之助が列車の中に避難していた時間に相当するであろう。貞之助は、辛うじて甲南女学校に逃げ込んで、そこの二階の、一般罹災民の臨時休憩所に当てられていた一室に収容されて、午後三時頃まで休ませて貰っていたが、やがて雨が止み、水が徐々に退き始めたので、そこから僅かな距離にある洋裁学院へ出かけて行った。尤もその日は平日のように容易く行き着けた訳ではない。退いたとは云っても、跡には土砂がそっくり残ってい、その堆積が所に依っては軒を埋める程の深さに達していて、何のことはない、雪にとざされた北国の町景色そのままであった。そして始末が悪いことには、うっかりその上を歩きかけると、人喰い沼のように何処までもずぶずぶと体が呑まれて行くのである。貞之助はさっきもそう云う泥沼に篏まり込んで片一方の靴を取られてしまっていたので、残る一方の靴も脱ぎ捨て、靴下だけの足袋跣足になって行ったが、いつもなら一二分のところを行くのに、実に二三十分を要したのであった。
行き着いて見ると、洋裁学院のあったあたりは異様に変り果てていた。学院の門は殆ど埋没して纔かに門柱の頭が少しばかり地面に露出しているに過ぎず、平屋建ての校舎も、スレート葺きの屋根だけを残して埋まっていた。