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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
01 上巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 150,580 字 · 287 页
そして、胴丸の火鉢に両肘をつき、火箸の頭に両方の掌を重ねたままの姿勢で、俯向き加減に坐ったきり、一日何をするのでもなくじっとしていたが、時々、一杯涙を溜めた妻の眼が自分の方を見上げているのを感じると、ちらりと見返して、
「まあ、ええがな、………」
と、慰め顔に云った。
「………出来たことはしょうがないが」
「あんた、堪忍してくれはるわな」
「何が?」
「あたしが不注意やってんわ」
「そんなことがあるもんか。僕は却って前途に希望が湧いたような気イしているねん」
そう云う途端に、妻の眼の中にある涙の玉が大きく膨らんで、破れて、頬に伝わる。―――
「そうかて、残念やわ。………」
「もう云わんとき。………きっと又出来るよってに。………」
夫婦は一日のうちにそんな問答を何回となく繰り返した。そして貞之助は、血の気の失せた青白い妻の顔を視守りながら、自分も落胆の色を隠しきれずにいた。
ありていに云うと、幸子はこのところ二度ばかり続けて月のものを見なかったので、ひょっとしたら、と云う予感がしないでもなかったのであるが、何分悦子を生んでから十年近くにもなるし、事に依ったら手術をしないと後が出来ないかも知れないと、医者に云われたこともあったしするので、よもやと思って油断していたのが悪かったのであった。