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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

01 上巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 150,580 字 · 287 页

青空文庫

二階から見おろしているので、猫に頬ずりをするたびに襟頸の俯向くのが見えるだけで、どんな顔つきをしているものとも分らないのであるが、でも幸子には、今雪子のお腹の中にある思いがどう云うことであるのか、明かに読めるのであった。恐らく雪子は、いずれ東京へ呼び戻される日も遠くないのだと云う予感を抱いて、この庭の春にそれとなく名残を惜しんでいるのであろう。そして出来るなら、あのライラックや小手毬の花がもう直ぐ咲き揃うのを見届けるまでは滞在していられますようにと、祈っているのであろう。尤も東京の姉からは、まだいつ帰れとも云って来ている訳ではないが、彼女が内心、今日は云って来るか、明日は云って来るかとビクビクしながら、一日でも多くの時を此方で過したいと願っている様子は、余所眼にもよく分っていた。幸子はこの内気な妹が、見かけに依らず出好きなことを知っているので、自分が出歩けるようになったら、映画やお茶の附合いぐらいは毎日でもしてやるのだがと思っていたのであるが、雪子はそれを待ち切れないで、この間から天気の好い日には妙子を誘って神戸へ出かけて行き、何と云うことなしに元町あたりをぶらついて帰って来ないと、気が済まないらしかった。