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おいついたゆめ

追いついた夢

山本 周五郎

「面白倶楽部」光文社、1950(昭和25)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,427 字 · 41 页

青空文庫

「――紙入の中にゃあ二両ばかりへえってるが、名札もところ書もねえんで、まるっきり身許がわからねえ」

「形でみると相当な店の隠居らしいがな」

「それにしちゃあぶっ倒れた処がけぶですぜ、六郷の川っぷちを海のほうへ、三十間もいった蘆ん中だからね、なんだってあんな処へ踏んごんだものか、わけがわからねえ」

和助はあっと思った。六郷川、蘆の中、ぶっ倒れていた。これらの言葉がなにを意味するか、初めて彼にわかったのである。

――これは夢ではない。

総身を恐怖がはしった。とび起きようとしたが、躰は岩にでもなったように重く無感覚で、声のするほうへ顔を向けることもできなかった。

――中気、……まさか。

彼は笑おうとした。だがすぐに、今そこに聞えた声を思いだした。

「まちがいなし、卒中だよ――」そして彼は息が詰りそうになり、われ知らず絶叫した。絶叫、いやそうではない、それは哀れな、いやらしい呻き声に過ぎなかった。

「また唸りだしたぜ、いやな声だなこいつは」

こう云って誰かが覗きこんだ。三十五六になる髭だらけの男だった。眉の太い唇の厚い、色のまっ黒な、けれども眼だけは好人物らしくみえた。