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きょうしゅうのしじん よさぶそん
郷愁の詩人 与謝蕪村
萩原 朔太郎
蕪村の俳句について「生理 1」1933(昭和8)年6月、春の部「生理 2」1933(昭和8)年8月、夏の部「生理 3」1933(昭和8)年11月、秋の部「生理 4」1934(昭和9)年5月、冬の部「生理 5」1935(昭和10)年2月、芭蕉私見(前半部分)「コギト 第四十二号」1935(昭和10)年11月、芭蕉私見(後半部分)「俳句研究 第三巻第一号」1936(昭和11)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,038 字 · 78 页
夏の部
うは風に音なき麦を枕もと
夏の部
うは風に音なき麦を枕もと
嵯峨の田舎に、雅因を訪ねた時の句である。一面の麦畑に囲まれた田舎の家で、夏の日の午睡をしていると、麦の穂を渡った風が、枕許に吹き入れて来たという意であるが、表現の技巧が非常に複雑していて、情趣の深いイメージを含蓄させてる。この句を読むと、田舎の閑寂な空気や、夏の真昼の静寂さや、ひっそりとした田舎家の室内や、その部屋の窓から見晴しになってるところの、広茫たる一面の麦畑や、またその麦畑が、上風に吹かれて浪のように動いている有様やが、詩の縹渺するイメージの影で浮き出して来る。こうした効果の修辞的重心となってるものは、主として二句の「音なき」という語にかかっている。これが夏の真昼の沈黙や、田舎の静寂さやを、麦の穂の動きにかけて、一語の重複した表象をしているのである。また「上風に」のに、「音なき麦を」のをが、てにをはとしての重要な働きをして、句の内容する象景を画いてることは言うまでもない。
俳句の如き小詩形が、一般にこうした複雑な内容を表現し得るのは、日本語の特色たるてにをはと、言語の豊富な聯想性とによるのであって、世界に類なき特異な国語の長所である。