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きょうしゅうのしじん よさぶそん
郷愁の詩人 与謝蕪村
萩原 朔太郎
蕪村の俳句について「生理 1」1933(昭和8)年6月、春の部「生理 2」1933(昭和8)年8月、夏の部「生理 3」1933(昭和8)年11月、秋の部「生理 4」1934(昭和9)年5月、冬の部「生理 5」1935(昭和10)年2月、芭蕉私見(前半部分)「コギト 第四十二号」1935(昭和10)年11月、芭蕉私見(後半部分)「俳句研究 第三巻第一号」1936(昭和11)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,038 字 · 78 页
藪入の夢や小豆の煮えるうち
こうした見方からして、この句は蕪村俳句のモチーヴを表出した哲学的標句として、芭蕉の有名な「古池や」と対立すべきものであろう。なお「きのふの空の有りどころ」という如き語法が、全く近代西洋の詩と共通するシンボリズムの技巧であって、過去の日本文学に例のない異色のものであることに注意せよ。蕪村の不思議は、外国と交通のない江戸時代の日本に生れて、今日の詩人と同じような欧風抒情詩の手法を持っていたということにある。
藪入の夢や小豆の煮えるうち
藪入で休暇をもらった小僧が、田舎の実家へ帰り、久しぶりで両親に逢ったのである。子供に御馳走しようと思って、母は台所で小豆を煮ている。そのうち子供は、炬燵にもぐり込んで転寝をしている。今日だけの休暇を楽しむ、可憐な奉公人の子供は、何の夢を見ていることやら、と言う意味である。蕪村特有の人情味の深い句であるが、単にそれのみでなく、作者が自ら幼時の夢を追憶して、亡き母への侘しい思慕を、遠い郷愁のように懐かしんでる情想の主題を見るべきである。こうした郷愁詩の主題として、蕪村は好んで藪入の句を作った。例えば
藪入やよそ目ながらの愛宕山