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きょうしゅうのしじん よさぶそん

郷愁の詩人 与謝蕪村

萩原 朔太郎

蕪村の俳句について「生理 1」1933(昭和8)年6月、春の部「生理 2」1933(昭和8)年8月、夏の部「生理 3」1933(昭和8)年11月、秋の部「生理 4」1934(昭和9)年5月、冬の部「生理 5」1935(昭和10)年2月、芭蕉私見(前半部分)「コギト 第四十二号」1935(昭和10)年11月、芭蕉私見(後半部分)「俳句研究 第三巻第一号」1936(昭和11)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,038 字 · 78 页

青空文庫

すべての天才は不遇でない。ただ純粋の詩人だけは、その天才に正比例して、常に必ず不遇である。殊に就中蕪村の如く、文化が彼の芸術と逆流しているところの、一の「悪しき時代」に生れた者は、特に救いがたく不遇である。

蕪村の価値が、初めて正しく評価され、その俳句が再批判されたのは、彼の死後百数十年を経た後世、最近明治になってからのことであった。明治以後、彼の最初の発見者たる正岡子規、及びその門下生たる根岸派の俳人に継ぎ、殆んどすべての文壇者らが、こぞって皆蕪村の研究に関心した。蕪村研究の盛んなことは、芭蕉研究と共に、今日において一種の流行観をさえ呈している。そして世の定評は、芭蕉と共に蕪村を二大俳聖と称するのである。

しかしながら多くの人は、蕪村について真の研究を忘れている。人々の蕪村について、批判し定評するところのものは、かつて子規一派の俳人らが、その独自の文学観から鑑賞批判したところを、無批判に伝授している以外、さらに一歩も出ていないのである。そしてこれが、今日蕪村について言われる一般の「定評」なのである。試みにその「定評」の内容をあげて見よう。蕪村の俳句の特色として、人々の一様に言うところは、およそ次のような条々である。