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みずぐるま

みずぐるま

山本 周五郎

「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,077 字 · 54 页

青空文庫

と泣きながら口の中で呟いた、「――あたし犠牲になるなんて考えたことはないのに、犠牲になるなんて、そんなおもいあがったことはこれっぽっちも考えやしない。ただ、そうせずにいられないからしただけだわ。あたし、いつかそう云ってあげるからいい」

でもそんなこと云ってもむだかもしれない。と若尾は思った。こういう女の気持は男にはわからないかもしれない。男なんて女のこまかい感情なんか理解できやしないんだから。――若尾は自分が怒っているものと思おうとした。しかし実際にはそんなことはどっちでもよかった。彼女はよろこびと幸福に包まれていた。彼がこんなにも自分を大事に思ってくれること、また彼といっしょにいる以上、もはや、なにも怖れるものはない、という大きな安堵感のなかで。――若尾は涙を拭き、独りでべそをかきながら、またそっと口の中で呟いた。

「あんな谷口なんていう人のことを、どうして怖れたりしたのかしら、あんないやらしい己惚れ屋のことなんぞを」それからふと眉を寄せて、しかつめらしく自分に云った、「でも気をつけなければいけないわ、ああいう人ほど狡猾なんだから、自分が困ってくると、どんな悪企みをするかもしれないわ。