轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

いちしょうにんとして

一商人として

相馬 愛蔵

――所信と体験――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 114,895 字 · 222 页

青空文庫

そこで井口氏の辞職となり、我々友人は井口氏を他村に送るに忍びず、また学校の態度にも憤慨したので、村の有力者臼井喜代氏や長兄安兵衛その他の有志と力を合わせ、新たに井口氏を推して研成義塾を設け、町村とは全く独立した高等科の単級教授を開始したのである。時は明治三十一年の秋、私も井口氏も同じ二十九歳であった。

さて井口君はこの研成義塾を守って、去る昭和七年の十月病いを得て退くまで、じつに三十五年間全く一日の如く奮闘した。村の子供の多くは穂高小学校の尋常科を終るとそのままそこの高等科に残り、特に理解のある家の子弟だけが研成義塾に入った。私の長女の俊子なども高等科の課程はここで受けたのであった。

そんなわけでむろん生徒の多かろうはずはなく、研成義塾の経営は初めから楽でなかったが、井口君は毅然として塾を守り、自分の理想とするところの教育を、信ずるままに行い来たった。井口君は厳粛な基督教徒であるとともに、一面また文学的で、かの正岡子規の流れを汲み、それが塾の教育にあらわれて、生徒の中には文芸美術を愛する者が多く、ついに芸術に身を捧げて世に知られたのは荻原守衛(碌山)であった。