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いちしょうにんとして

一商人として

相馬 愛蔵

――所信と体験――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 114,895 字 · 222 页

青空文庫

そこで職人にいいつけて研究させるのだが、彼らが何と苦心しても、そのパンのような美味しいのは出来なかった。私も残念であったが、お客様の方でもまだかまだかという催促でじつに困った。ところが一月ほどすると、長束実という少年店員がとうとうそれを造り出した。しかも食べくらべて見ると、村上のよりも美味しいくらいの出来であった。

私は大いに喜んだ。これでこそ中村屋も恥かしくない、中村屋ファンのかねての信望にも報いることが出来るのであった。早速それを製造して売り出した。お待ちかねの学生さんたちも『これはいっそう上等だ、よく出来た』と言って喜び、友人たちにも大いに吹聴してくれた。店はいっそう売れるようになった。

さてこの長束実は、中村屋が私のものになった最初に入店したもので、まだ小僧であったが、常から真面目で勤勉で研究心に富み、じつに感心な少年であった。果たして今度そういう手柄をしたのであるから、私はこれこそ表彰して他の店員の模範とすべきだと考え、賞与として長く記念に残るようにと銀時計を買って与えた。むろん店はじまって最初のことであった。純情な長束少年はこれを非常な光栄と感じ、いっそう仕事を励むとともにその時計を大切にして、つい数年前死去するまで、約三十年というもの、肌身離さず愛用し、死んで行く枕元にさえちゃんと飾って