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いだいなるゆめ
偉大なる夢
江戸川 乱歩
「日の出」新潮社、1943(昭和18)年11月~1944(昭和19)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 117,988 字 · 234 页
新一と京子は両方からその顔を覗き込むようにして、冷たいコンクリートの床に坐り、涙を流していた。ことに京子の美しい頬には透明な液体が河のように伝い流れ、ポタポタと膝にしたたり落ちていた。
瀕死の患者の容貌に異様の変化が現われた。彼女の暗い蔭の多い苦痛の表情が、突如として引きゆるみ、何かしら神々しいものに変ったように見えた。それと同時に彼女の瞼から泉のように涙が溢れ出すのが見えた。そして、乾いた色のない唇が物いいたげに、しきりとわななくのであった。
医員はその意味を察して、新一に目配せをした。新一は母の顔に顔を近づけ、耳を彼女の口の前に持って行った。
患者の力ない手がわずかに動いて、新一の肩を抱こうとするように見えた。そして、彼女の口は新一の耳に何事か一心に囁きつづけるのであった。
新一は全神経を一方の耳に集めて、聴き取りにくい母の言葉を聴こうとした。聴くにしたがって彼の表情は緊張してゆく。瀕死の患者は今わの際に、何事か非常に重大なことをわが子の耳に囁くかに見えた。
新一は母の言葉に答えることができなかった。その言葉の終る頃には、母の声は力なくかすれて行って、ついに声なき声となり、彼女の心臓は鼓動を止めていたからである。