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ぼんじんでん
凡人伝
佐々木 邦
「雄辯」大日本雄辯會講談社、1929(昭和4)年4月号~1930(昭和5)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,944 字 · 202 页
「確かに然うですな」
と私は河原老人が悉皆気に入った。
目と鼻の間に住んでいるから、若河原と老河原は毎日連れ立って登校した。帰りも大抵一緒だった。
「河原さん、あなたは何がお好きですか?」
と或日老人が訊いた。
「何って何ですか?」
と私は無造作に尋ね返した。
「食物です」
「さあこれってものもありません」
「しかし何かおありでしょう? 西洋料理ですか?」
と河原さんはニコ/\しながら追究する。
「天ぷら蕎麦ぐらいのものです」
と私は東京を出て以来、久しく油が切れていた。学園時代は何かというと天ぷら蕎麦だった。貧乏書生だから、それ以上の御馳走は喰べたことがない。
「蕎麦切りですか?」
「いや、天ぷらです」
「天ぷらにしても、蕎麦切りですか?」
「蕎麦に天ぷらを入れたのです」
「矢張り蕎麦切りですよ」
「違いましょう」
「いや、此方では蕎麦切りというんです」
「はゝあ」
「蕎麦切りの天ぷらを御馳走致しましょう」
「いや、結構ですよ」
「御遠慮には及びません。家内に命じて置きますから、今晩いらっしゃい」
と河原さんは招待してくれた。私は心配しながら行ったが、矢張り天ぷら蕎麦だった。お嬢さんがお給仕をしてくれた。