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ぼんじんでん

凡人伝

佐々木 邦

「雄辯」大日本雄辯會講談社、1929(昭和4)年4月号~1930(昭和5)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,944 字 · 202 页

青空文庫

と訊いた。

「さあ」

「同僚の人から縁談を勧められはしないかね?」

「いゝえ、一向」

「話が始まったら、直ぐに知らしておくれよ」

「それは無論です」

「お前の気に入れば、それで宜いようなものゝ、私達にも私達で又相応考えがあるんだから」

「御安心下さい。必ず御相談申上げます。しかし未だ/\前途遼遠でしょう。この際小成に安んじてしまいますと、一生の計画が違って来ます」

と私は答えた。

任地へ戻ってから間もなくのこと、或日学校に何かの会があって、職員一同と生徒の一部が剣道部に集った。然う/\、道場新築祝いだった。その折、余興に琵琶があった。忘れもしない。敦盛が熊谷に討たれるところだった。

「河原君」

と柴田君が私の耳へ口を寄せて囁いた。

「何ですか?」

「老河原さんを見給え」

「え?」

と私は振り返った。

「涙をホロ/\こぼしている」

「成程ね」

「あれは敵の御大将の脚を切ったことを思い出して、世の中の無情を感じているんだよ」

と柴田君は冗談を言った。

その帰途、私は例によって老河原さんと一緒だったから、

「河原先生は琵琶がお好きですか?」

と訊いて見た。

「好きでも嫌いでもありません」