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ぼんじんでん

凡人伝

佐々木 邦

「雄辯」大日本雄辯會講談社、1929(昭和4)年4月号~1930(昭和5)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,944 字 · 202 页

青空文庫

切れ!』と又同輩が叫びました。『決っして/\……』と娘は拝むばかりです。『逃げろ』と私は申しました」

「成程」

「無論許してやる積りでしたが、同時に『河原、卑怯だぞ』と罵られたので、娘が立って在方の方へ向った刹那、後ろから袈裟がけに切りつけました」

「到頭おやりでしたか?」

「全く魔が差したんです」

「しかし事情仕方がありますまい」

「娘は倒れました。そうして私の顔を恨めしそうに見つめたまゝ落ち入りました」

「はゝあ」

「無益の殺生を致しましたよ」

「間諜じゃなかったんですか?」

「はあ。間諜であってくれゝば宜かったんですが、罪も科もない良家の娘でした」

「何うして又そんな危いところへ通りかゝったんでしょう?」

「その日の夕方まで通行を許していたのです。後から分りましたが、橋袂を守っていた同輩の誰何を誤解したのでした。九州と東北ですから、言葉が能く通じません。娘は狼藉でも受けると思って、無暗に逃げ出したのでしょう。ドサクサ紛れで何方も慌てゝいましたから、斯ういう間違が随分あったのです」

「厭なお心持でしたろうね?」

と私はつい口に出した。

「迚も溜まりません。以来、その娘が未だに夢に現れます」