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ぼんじんでん

凡人伝

佐々木 邦

「雄辯」大日本雄辯會講談社、1929(昭和4)年4月号~1930(昭和5)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,944 字 · 202 页

青空文庫

と校長はこゝで私を呼んだ。

「結構な御教訓でございます」

と私は尠からず慌てた。披露式の席上で新郎に念を押す例は恐らく他にあるまい。

「夫婦同時に憤らないこと。これを御実行下さいますか?」

「はあ」

「一つ証の為めに手を挙げて見せて下さい」

と校長は教室と間違えている。私が手を挙げたら、一同拍手喝采した。

「新婦の操さん」

「…………」

「夫婦同時に憤らないこと。これを御実行下さいますか?」

「…………」

「一つの証の為めに手を挙げて見せて下さい」

と校長は少し酔っていたのかも知れない。妻は真赤になって手を挙げた。皆又拍手大喝采だった。これが身に沁みたのか、私達は夫婦喧嘩をしたことがない。半年ばかりたつと、無論双方ソロ/\我儘が出始めた。お互に塗りが剥げて木地が現れること止むを得ない。私は時折憤って、

「そんなことじゃ困るじゃないか?」

とプリ/\する。

「あなたは早いのね」

「何が?」

「今度こそ私、憤ろうと思っていたら、先に憤ってしまうんですもの」

と妻はもう憤ることが出来ない。私は先手々々と取った。その為め、可なり我儘だけれど、風波の立つことがない。妻も時には脹れっ面をする。