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ぼんじんでん
凡人伝
佐々木 邦
「雄辯」大日本雄辯會講談社、1929(昭和4)年4月号~1930(昭和5)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,944 字 · 202 页
「いや、僕こそ」
「忙しいだろう?」
「うん」
と赤羽君は気がついたように、
「若月」
と呼んだ。次の間から立派な紳士が現れて、平身低頭した。
「もう誰にも会わないから、その積りで」
「はあ」
「君も、もう宜い」
「はあ」
「寛いで自由にやってくれ給え」
「はあ」
「宜しい」
「はあ」
と紳士は返辞毎にお辞儀をして退いた。赤羽君よりも悧巧そうな顔をしているが秘書らしかった。
「十八年ぶりだね」
と私は言った。錚々館へ赴任する時、神戸の駅で会って以来、御無沙汰を続けていたのである。初めはその折の見すぼらしい態が気の毒で手紙をやらなかったが、先方からも寄越さないから、お互っこで七八年過ぎた。次に赤羽君の成功を聞き知ってからは羽振が好くなったからだと思われるのが業腹で矢張りそのまゝにしていた。
少時話し込んだ後、
「子供は何人ある?」
と赤羽君が訊いた。
「十人あるよ」
「十人?」
「うむ」
「拵えたものだね。ハッハヽヽ」
「君は何人だい?」
「五人だよ。男ばかりだ。君のところは?」
「丁度半々だ」
「君に似て皆成績が好いんだろう?」
「さあ。親の苦労を毎日目に見ている所為か、勉強丈けは能くしてくれる」