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きゅうけつき

吸血鬼

江戸川 乱歩

「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页

青空文庫

風船が地上に着くのが早いか、彼の奇妙な仕事が終るのが早いか、命がけの競争だ。

風船は動かぬようでいて、いつの間にか、群衆の頭上に、倍の大きさまで近づいていた。距離の接近に比例して、薄茶色の巨大な怪物は、ジリリ、ジリリ、ふくれ上って行くように見えた。

やがて、とうとう、丸屋根の縁とすれすれまで、引きおろされた。もうこっちのものだ。可哀相に、賊は今、どんな気持でいるだろう。群衆の心に、鼠取り機械にかかった鼠を眺める様な、淡い同情の念さえわき上った。

「ア、あいつ、何をやっているのだ」

やっと、一人の警官が、賊の異様な動作に気づいて叫んだ。

「右手をしきりに動かしている。何だかキラキラ光っている」

「ナイフだ。ナイフで繩を切っているのだ」

「いけない。早く、早く、あいつが繩を切り離さぬ内に……」

警官達が、間近くなった風船を見上げて、口々に呶鳴った。巻取り作業の人々は、それを聞くと、一層力を加え、速度を早めて、繩を巻取る。

風船が屋根の縁にぶつかって、ユラユラとゆれた。賊のハンモックが異様に震えた。

と同時に、太繩の繊維の最後の一筋がプツリと切れて、風船は、気違いの様に、ブリブリとお尻をふりながら、大空へと舞い上った。