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きゅうけつき
吸血鬼
江戸川 乱歩
「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页
この怪人物は入浴を勧められた時には、風を引いているからと断った癖に、女中が行ってしまうと、ステツキと義足で、板の間をコトンコトンいわせながら、長い階段を、谷底の浴場の方へ降りて行った。慣れているせいか、存外危げもなく、巧に身体の調子を取って、サッサと降りて行く。
階段を降り切ると、恐ろしい音を立てて流れている、鹿股川の岸辺に出る。そこに、半自然の岩石で出来た、陰気な浴室が建っているのだ。
入浴するのかと思うと、そうではなく、彼は廊下から庭へ出て、浴室の外から、ガラス窓越しに、ソッと内部を覗き込んだ。
煙る細雨、それにもう夕暮れ近い刻限故、湯気の立ちこめた浴場内は、夢の中の景色のように、薄暗くぼやけて見える。
そこに蠢いている二つの白いもの。三谷青年のたくましい筋肉と、倭文子の滑かな肌。
蛭田はこの二人の様子を、それとなく見る為に、降りて来たのだ。彼等が入浴中であることは、女中の言葉で分っていた。
いくら温泉場の浴場でも、男女の別はあったのだが、入浴客が一人もなく、ガランと薄暗い、谷底みたいな浴室を、倭文子がひどく怖がるので、三谷青年の方から女湯へ這入って行ったのだ。