轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
ちめいのけんきゅう
地名の研究
柳田 国男
地名の話「地学雑誌 第二四年第二八六号~第二八八号」東京地学協会、1912(大正元)年10月15日、11月15日、12月15日<br>地名と地理「地理学評論 第八巻第五号~第六号」古今書院、1932(昭和7)年5月1日、6月1日<br>地名と歴史「愛知教育 第五五九号」愛知県教育会、1934(昭和9)年7月1日<br>地名考説 一~四、一九後半、三一後半「民族」民族発行所、1926(大正15)年5月~1927(昭和2)年3月<br>地名考説 五~一八、一九前半、二〇~二二、二五~二八、三一前半「歴史地理」三省堂書店、1910(明治43)年2月~1912(明治45)年8月<br>地名考説 四五~四八「土俗と伝説」文武堂書店、1918(大正7年)8月~1919(大正8)年1月<br>地名考説 五五「考古学雑誌」聚精堂、1911(明治44)年5月15日<br>地名考説 二三~二四、二九、三〇、三二~四四、四九~五四「郷土研究」郷土研究社、1913(大正2)年3月~1917(大正6)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,308 字 · 347 页
ゆえに昔の山民の運材法はどうしても筏が主たるものであったろう。筏を組むにはいわゆる川淀の潭をなしてしばらく流木を駐め得る所たることを要するが、それと同時に必要な条件は、なるべく近くに筏を結ぶツヅラの多く採取し得らるることである。和歌によく詠む青淵の上に藤の花の咲いている光景のごときは、風流に縁のない山賤にとっても、また遁すべからざるものであったに相違ない。広い山中に地名を点じて行くことは決して気楽な仕事ではなかった。何となれば命名するからはこれを記憶する面倒が生ずるからである。これをしも忍んで地名を附けたのは、何か我々の祖先の生活と著しく交渉するところがあったものと見ねばならぬ。すなわち年々筏流しの季節に入ると連れ立ってその地に赴き、石を蹈み水に足を浸して、鶯の声でも聞きながら、静かに終日働いていたのでその地に親しくなり、他日人の手が剰ってその附近に畑を開き田屋を構える時に及んでも、昔馴染みの名を呼んで「あのトツラ沢の」というようになったのであろう。ある川筋では岸に幾所かのトツラまたはツヅラがあって、しかも今は筏が通らぬのも時々はあるが、これはありそうなことで、木を伐り過ぎれば平水が低くなり出水が高くなるゆえに、山崩れがあり岩石が落ちたり出たりして、ついに筏を組む技術を忘れるまで中絶する場合も起り得る。