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じょうちゅうのしも

城中の霜

山本 周五郎

「現代」1940(昭和15)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,828 字 · 26 页

青空文庫

甚十郎は、香苗の進める茶には手も出さず、色の黒い角張った顔に、深い皺を刻みながらぶすっとした調子で云った。

「なんだ、不愉快なことって」金五が顔をあげた。

「寺で無礼な扱いでもしたのか」

「そうではない」甚十郎はぎろっと眼をあげた、「左内が泣いたと云うのだ」

「泣いたとは、つまり……」

「刑場へ曳出され、介錯の刃が上った時、両手で顔を押えて泣いたのだそうだ」

意外な言葉だった。みんなごくっと喉を鳴らし、暫くは真偽のほどを計り兼ねて沈黙した、……やがて勘一郎がぐっと向直って、詰問するように云った。

「石原、それはどこから聞いた、誰から出た話だ、まさか根もない話を……」

「その方が百倍も増しだ、根も葉もない噂ならこんな恥ずかしさは忍ばずとも済んだ、それが悲しいことに事実だったんだ」

「精しく聞こう、話して呉れ」

「貴公が先に帰って間もなくのことだ」甚十郎は吶々と話した、「……遺骸に付いて来た下役人に酒を出してやった、それは貴公も知っているだろう。あの下役人の年寄の方が酔って、泣きながら饒舌っているんだ――橋本左内は天下の志士だと聞いていたし、在獄中は獄卒までがその人柄に尊敬を払っていた、自分もまた常から心服していたが、人間の値打は棺の蓋をしてからでなくては分らぬ、あの左内が命を惜しんで泣くような未練者とは知らなかった。