轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
だらくろん(ぞくだらくろん)
堕落論・日本文化私観 他二十二篇
坂口安吾『堕落論・日本文化私観 他二十二篇』。同一底本的分册已合并为一书。收入:堕落論〔続堕落論〕、悪妻論、意慾的創作文章の形式と方法、インチキ文学ボクメツ雑談、咢堂小論、教祖の文学、戯作者文学論、デカダン文学論、文章の一形式、武者ぶるい論、文字と速力と文学、余はベンメイす。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 84,198 字 · 171 页
しかし、このような文章の例を散文にもとめるのはむずかしい。なぜなら散文は一句が独立した効果をあらわすことはなく、必ず前後の文章に複雑な関係を残しているから。私は今、芭蕉の句に就てこれを説明しよう。
古池や蛙とびこむ水の音
この句は我々にある種の感銘を与える。私は之を決して高く評価はしないが、とにかく芸術であることは疑えない。
さて、この句に就て先ず我々が気付くのは、ここから受ける感銘の理由は、古池の風景でもなく、蛙の落ちた水の音でもないということである。もしも音楽家があって、この句を作曲するに古池に蛙とびこむ水の音を克明に写したとする。物笑いの種となるばかりであろう。
古池や蛙とびこむ水の音 淋しくもあるか秋の夕ぐれ
私はこの和歌を五十嵐力氏著「国歌の胎生及びその発達」から引いてきた。五十嵐氏の指摘される通り、ここには更に一つの季節と淋しいという感情と、いかにも淋しさにふさわしい夕ぐれという時間まで読者に教えてくれる。我々はこの和歌によって古池の情景をかなり微細に暗示された。けれども句のもつ感銘が深まったとは思われないばかりでなく、却って下品となり、落付は失われ、淋しさは言葉となったために実感を失い、結局何ら人を打つところのない単なる風景の説明に終っていることに気付かずにいられない。