轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

だらくろん(ぞくだらくろん)

堕落論・日本文化私観 他二十二篇

坂口 安吾

坂口安吾『堕落論・日本文化私観 他二十二篇』。同一底本的分册已合并为一书。收入:堕落論〔続堕落論〕、悪妻論、意慾的創作文章の形式と方法、インチキ文学ボクメツ雑談、咢堂小論、教祖の文学、戯作者文学論、デカダン文学論、文章の一形式、武者ぶるい論、文字と速力と文学、余はベンメイす。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 84,198 字 · 171 页

青空文庫

従而小説の文章はAとして直接の効果を狙うよりもAとして間接に働き、直接の効果を殺して余裕ある歩みを運ぶことが多い。けれども斯様な余裕が如何ほど深い計算の結果選び出されたものであるか、言わずして想像し得られると思う。

たとえば読者に悲しさを伝えるために、作者が嗚乎と溜息を洩したり、すぐさま悲しいと告白したとする。成程読者はこれを読んで、作者が悲しんでいるなということは納得がゆく。併し読者の悲しみになることは決してないであろう。芸術に於て作者の悲しみは読者の悲しみとならねばならぬものであるのに。

たとい自己を描く時も、作家は描く自己と描かれる自己の二つの人格を明瞭に認識すべきものである。自分の悲歎や心境を単に無技巧に押しつけようとしても、読者はついてくるものでない。何事も言葉に表わされた以上一応は理解しうる。併し読者をして身をもって感ぜしめねば不可である。

モオパッサンは旅行記「水の上」に次のような感想を洩している。即ち自分は作家として何事にも観察者の立場に立つために遂いに恋を失ったと。なぜなら自らの恋情に当っても直ちに観察者として自らを凝視解剖する冷酷な眼を逃れることができない。