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よるのこうず

夜の構図

織田 作之助

「婦人画報」1946(昭和21)年5月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,068 字 · 125 页

青空文庫

その手はすぐに引込められた。ジュリアンは、自分のしていることがはっきり判らぬままに、又その手を握った。自分もひどく感動していたが、彼は捉えたその手の氷の様な冷たさに愕然とした。彼はそれを震える程力を籠めてぐっと握りしめた。逃れようと最後の努力をしたが、遂にその手は彼に委ねられた。

彼の心は歓喜に溢れた。レナール夫人を愛するからではない。恐ろしい責苦が今終ったからだ。

新吉は、冴子の事では、今迄何かモヤモヤと割り切れなかった。舞台稽古で、冴子を始めて見た時信吉は傷つけられた自尊心を恢復させるために、冴子を誘惑しようと決心したのだが、然し、信吉は悪魔にはなり切れず、時と場合でぐるぐると気持の屈折があった。が、今や、薄井と会った直後に『赤と黒』のジュリアンが始めてレナール夫人の手を握ろうという思いつきを自分に課し実行するというくだりを読んだ事は信吉を決然とさせた。

信吉は殆んど冴子の存在を忘れる位、夢中になって、読んでいたが、ふと顔を上げると、眼の前に、これから誘惑しようという冴子が坐っていた。

「二時になったら、実行するんだ!」

信吉は「実行」という殺風景な言葉を使って、呟いた。