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よるのこうず
夜の構図
織田 作之助
「婦人画報」1946(昭和21)年5月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,068 字 · 125 页
信吉は煙草の火を消すために、伊都子からはなれた途端に、伊都子の頬が涙に濡れているのが判った。大粒の涙がポタポタ落ちていた。それが、唇に伝わり、しおからいと感じたのは、涙だったのかもしれない。それとも汗の味だろうか。伊都子は汗かきだった。
まるで、わざとのような偶然だった。――伊都子のことを想い出した途端に、伊都子がはいって来たのだ。そしてまた、電話を掛けようとした途端に伊都子がノックしたのだ。
昨夜伊都子が信吉の部屋をノックしたのも、信吉が電話を掛けようとしていた時だった。
このような偶然は信吉の好みであった。それに、朝ロビイで別れたきり二度と会えない筈の伊都子が、いきなり現われたという不意打ちも、信吉を喜ばせた。
しかし、涙は苦手だった。泣かれると、信吉は狼狽するのだった。自責かも知れない。信吉は、これまで随分女を苦悩させたことがある。信吉を好きになった女は、みな苦しんだ。が、しかし、女がその苦しみをかくして、うわべだけ快活にしている時は、その女が内心どれだけ苦しんでいると判っていても、信吉は案外平気に構えていた。ところが、ちょっとでも涙を見せられるとこの男ははじめて狼狽するのである。