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しっちょうき

失蝶記

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」文藝春秋新社、1959(昭和34)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,072 字 · 44 页

青空文庫

けれども、杉永を斬るというあやまちをおかした理由は、この二年余日にわたる私の心の状態にあったので、どうしても知っておいてもらわなければならないのです。――夏の終りになって、耳がまったくだめだということがわかりました。それまでは一時的なものだと思い、医者にかかりながら、久しぶりに静養だ、などと暢気なことを云っていました。そのあいだにも、同志の会合があれば必ず出ていたのですが、話すことはできても耳がだめですから、議題はいちいち字に書いてもらわなければならない。それを読んでから自分の意見を述べるわけで、面倒でもあり時間もむだにするため、やがては、そのとき出た結論だけ読む、ということになったのです。

「そう長いことではないだろう」と私は云ったものです。「おれは暫くつんぼ桟敷にいるよ」

もちろん、そんな暢気なことを云っているばあいではなかった。密勅があって以来、禁裡付きの下房どのと、国許にあるわれら同志とのあいだで、絶えず情報の交換があり、それについての急を要する合議が繰り返されていたのです。奥羽連合の監視はますますきびしくなり、同志が集まるのにも、そのたびに場所や時刻を変えたり、三組に分れて集まり、あとで代表だけが結果を討議する、などということもありました。