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しっちょうき
失蝶記
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」文藝春秋新社、1959(昭和34)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,072 字 · 44 页
こういう大事なとき「つんぼ桟敷」にいなければならなかったのです。どんなに苛だたしくやりきれない気持だったか、おそらく他人には推察もつかないでしょう。それでもまだ恢復する望みのあるうちはよかった。もう暫くの辛抱だと、自分をなだめすかしていたのですが、六月下旬になって、医者から不治だと宣告されたとき、私は気が狂うかと思うほどの絶望におそわれました。
七月いっぱい、私は家にこもったきりで、杉永が訪ねて来ても会わず、家族とも没交渉にすごしました。みれんがましいはなしですが、気持がややおちつくまでに、三十余日もかかったわけです。
「これで同志から脱落だ」と私は自分に云いました、「こうなってはなにもできない、いさぎよく脱退しよう」
私は杉永を訪ねて、同志から脱退すると告げました。みんなの足手まといになるばかりではなく、進退緩急の機をあやまって事のやぶれを招くおそれもある。残念だがこれで身をひくと云いました。杉永もがっかりしたようすで、暫くは俯向いたままでしたが、私の耳が不治だということはもう知っていたのでしょう、ひきとめるようなことは云わず、――今後も思案に窮したときはゆくから相談にのってもらいたい、と書いて示しました。