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しっちょうき

失蝶記

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」文藝春秋新社、1959(昭和34)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,072 字 · 44 页

青空文庫

「どうしたことです名主さん」と治兵衛が云った、「なんのおしらべです、盗賊でも逃げこんだのですか」

「かみさんや娘がいないようだな」と茂七が訊いた、「二人はどこにいるのかい」

「女房はさとへゆきました、おすえもいっしょですが、あいつらを御詮議ですか」

「捜しているのは侍だ」と茂七のうしろにいた若侍が初めて云った、「谷川主計という者だが、知っているだろうな」

「大手先の谷川さまなら知っております」治兵衛はおちついて答えた、「私が若いじぶん下男奉公にあがっていましたから」

「その谷川がいる筈だ」と若侍が云った、「訴人する者があったし証拠も慥かめて来た、隠さずに云え、谷川はどこにいる」

「治兵衛さん」と茂七が云った、「へたに隠しだてをしないほうがいいよ、おまえの家の裏に北寄貝の殻がたくさん捨ててあるし、毎日米のめしを炊くこともわかっている、そんな贅沢をするおまえさんじゃあない、誰かよっぽどの人が来ているに相違ないんだ」

「ええ客はありました」と治兵衛が答えた、「女房のおふくろさんが十日ばかりまえに来て、今日帰ってゆきました、女房とおすえはそれを送って姥沢までいったのです」